さて、作成したジオラマベースに車体と車長を載せて、ファレーズポケットで脱出ルートを偵察中の第116装甲師団デマーグが完成しました。


このファレーズポケットについてウンチクを少々。
当初は、この包囲網が不完全だったため、多数の第7軍の部隊が脱出に成功しています。
包囲網完成後は、包囲網外から第2SS、第9SS装甲師団による援護の元、第10SS、第12SS、第116装甲師団の一部が包囲網を突破し脱出します。
最終的に80,000~100,000の将兵が包囲され、その内10,000~15,000が戦死、45,000 ~50,000が捕虜となり、約20,000が脱出に成功したと言われています。


中でも精鋭だった第12SS装甲師団については、装甲車両の90%以上、ほとんどの火砲と車両の70%を失い、ノルマンディ戦前は将兵20,000と戦車150両の戦力だったのが、ファレーズポケットを脱出できたのは、将兵300と戦車10両のみ…。
軍事的に特定の部隊の損耗率が30%以上で全滅状態、50%以上で壊滅状態という風に定義されているようですが、まさにこの場合は壊滅状態かと…。


当時のドイツ軍には精鋭のSS装甲師団(注:SS装甲擲弾兵師団ではなく)が7個師団あったわけですが、このノルマンディ戦には半数以上の5個師団(第1、第2、第9、第10、第12)が参戦してます。
因みに第3と第5は東部戦線で参戦しています。
知る人ぞ知る”ミハエル・ビットマン”は第1SS装甲師団の第501SS重戦車大隊所属(最終経歴は大隊長)で、歴史に残る「ヴィレル・ボカージュの戦い」等ノルマンディ戦で大奮戦しますが、8/8に帰らぬ人に…。
ノルマンディ以降、西部戦線の大きな動きを時系列で見てみると、ドイツって1年しか持ちこたえられなかったんですね…もちろん東部戦線のソ連軍の影響が大きいですが。
1944.6:ノルマンディ戦
1944.7:ファレーズポケットの戦い
1944.8:パリ解放
1944.9:マーケットガーデン作戦
1944.12:アルデンヌ(バルジ)の戦い
1945.2:ライン川渡河
1945.4:エルベ川渡河
1945.5:ドイツ降伏


久しぶりにジオラマ作って、なかなか楽しかったです。
次は同時並行で大物をのんびりやるか…とも思っています。
コロナウイルスのおかげで、インドアの趣味が多様化しプラモ製作が流行したので、解説本やら解説動画等の情報が増え、いろんなジオラマ材料が簡単に手に入るようになりました。(コロナ全盛期は、いいお値段でキットも転売できたんですが…)